Cat Panic




ミャーミャー・・・

「ん?猫?」

初秋の涼やかな風を楽しみながら中庭を散歩していたセイリオスはかすかな鳴き声に首を傾げた。

たかが猫の声なら別に珍しいものではない。

ここが街の中ならば。

しかしここは門という門を兵士が堅め、高い兵に囲まれたクライン王宮である。

「どこかにいるのか?」

なんとなく気になってセイリオスは鳴き声を頼りに中庭の端にある茂みを覗き込んだ。

―― そこに小さな子猫が青い布にくるまれて鳴いていた。

「お前だったんだね。」

ミャーミャーという声が愛らしくて少し笑うとセイリオスは子猫に声をかけた。

と、いきなりその子猫はぱっとセイリオスに飛びついてきた。

「うわっ」

あわてて飛びついてきた子猫を受け止めてセイリオスはほっと息をついた。

そして手の中でバタバタしている子猫をじっと見る。

子猫は枯葉色の体と黒いくりっとした瞳をしていて、セイリオスが甘い想いを抱く少女を思い出させた。

「メイ・・・・」

ふと口をついて出た恋しい少女の名・・・・と、セイリオスは子猫が妙な動きをしている事に気がついた。

子猫は大きく頷きながらその愛らしい前足で自分を示しているのだ。

まるで「私がそうだ」と言っているように。

「・・・・まさか、な。」

妙な方向へ行きかけた思考を元に戻そうと呟いた言葉に子猫はぱっとセイリオスの手の中から飛び出した。

そしてさっきまで自分がくるまっていた布を指す。

「これがどうかし・・・・?!」

導かれるままに布を広げたセイリオスは絶句した。

それは布ではなく服だった。

しかもワーランドにはたった一着しかない服 ―― すなわち異世界から来た少女メイ=フジワラの制服だったのだ。

やたらぎこちなくセイリオスはちょこんと座っている枯葉色の子猫に目を移す。

「・・・・まさか本当に・・・・メイなのか?」

信じられない気持ちで呟いた言葉に、子猫は「やっとわかってくれたか」とばかりにやたら人間くさい仕草で頷いたのだった。










数分後、セイリオスは自らの執務室で子猫と向かい合っていた。

セイリオスの机の上でお皿からミルクを舐めている枯葉色の子猫 ―― メイを見つめてセイリオスは溜め息をついた。

「メイ、一体何をやったら猫になるんだい?」

メイは魔法の才能は高いがたまに大失敗もやらかす。

古の魔法で遊んでいて何かの弾みでこんなことになるのも考えられなくはない。

しかしメイは心外!というようにミャーっとなくと机の上に積まれた書類を一枚とんっと指した。

その書類に書かれた署名は宮廷筆頭魔導士、シオン=カイナス。

セイリオスはどっと疲れが襲ってくるのを感じた。

「シオンならやりかねないな。」

あの極めて優秀にして、『いい性格』の幼なじみの仕業なら納得できる。

「シオンに魔法をかけられたのかい?」

「ミャー!」

その通り!という声が聞こえたようでセイリオスは苦笑した。

「しかしそのままでは研究院にも戻れないね。」

「ミャー・・・」

急に心細そうになったメイの声にセイリオスは思わずその頭を撫でた。

柔らかくて手触りのいいその毛並みは人間の彼女の髪を思い出させてセイリオスは鼓動が跳ねるのを感じる。

「大丈夫。心配しなくてもいいよ。とりあえずメイは私が面倒をみるから。」

「ミャー?」

「ああ、心配しなくていい。」

セイリオスは十八番のロイヤルスマイルを惜しげもなくメイに向けた。

―― その、わずか数十分後。

セイリオスは力一杯シオンに感謝した。

なんたってネコメイは人間の彼女の仕草を思い出させる上に、遠慮なくセイリオスに甘えてくれるのだから。

執務中もネコメイは居心地良さそうに自分の膝の上にいるし、時々机の上に上って邪魔にならない端っこの方からその枯葉色の瞳でじっと見つめてくる。

その瞳はまぎれもなく愛しい少女のもので、その視線を独り占めしている喜びに何度緩む口元を慌てて引き締めたことか。

なんのかんの言われていてもメイは今やクラインでは人気者なのだ。

その上セイリオスは皇太子。

そうそう、彼女を独り占めにする事などできない。










とはいえ、時間はずぎる。

それが幸せな時間ならなおさらだ。

あっという間に幸せな午後ははすぎ、日が暮れた後ネコメイを連れて私室に戻ったセイリオスは、腕の中で丸くなっているメイを見て溜め息をついた。

すーすーと寝息をたてるネコメイ。

明日になればシオンに言って元に戻るだろう。

そうして・・・・いつもの生活に戻る。

またメイを独り占めなどできない日々に・・・・

ふう、とセイリオスは再び息をはいた。

「私はなんてことを考えるんだ・・・・元に戻って欲しくないなんて・・・・」

そんなこと、できるわけがないのに。

それでも・・・・

「君を独り占めできた幸せな夢はもう終わりだね。」

切なげにセイリオスが呟いた瞬間、予想外の事が起こった。

眠っていると思っていたメイがぱちっと目を開けると、目一杯体を伸ばしてセイリオスの唇を舐めたのだ。

「?!」

セイリオスの頭が真っ白になった瞬間、ネコメイの体が急に光に包まれた!

「メ、メイ?!」

「殿下!!」

光の中から軽やかな声と共に見知った少女が飛び出してきて、まだ面食らっているセイリオスに抱きついた。

「メ、メ、メ、メイ?!」

「殿下、私も殿下が大好きだったよ!」

「?!」

激しくパニックに陥っているセイリオスを見上げてメイは言った。

「私も猫になって1日殿下といられて、本当は嬉しかった。このままずっと猫でもいいかな、と思うぐらい!
だから、ね・・・・さっきの言葉が嘘じゃないなら一緒にいてもいい・・・・?」

瞬間、セイリオスはメイの華奢な体をぎゅっと抱きしめた。

「いてくれるのか?私の側に。ずっと君を独り占めしていてもいいんだね・・・・?」

「もちろん!私も殿下を独り占めしちゃうんだから。」

「殿下、じゃなくてセイルだよ・・・・」

セイリオスは悪戯っぽく言って、そっとメイに甘い甘いキスを落とした・・・・










「ところで」

「ん?」

甘いキスの嵐からやっとメイを解放したセイリオスは顔を赤らめて言った。

「メイ、今君はその・・・・何も着ていないんだが・・・・」

「え?え?!あ・・・・」

・・・・その後、クライン王宮中に少女の絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。











                                  〜 END 〜
                (Spesial Thank’s 23456hit!! by、東条瞠)